講座

人権講演会~これからは共助の時代~!

ビューポートくれ3Fホール開催された講演会は、元国会議員をされていた人で、65歳を目標に定年として働かれたようだった。そのため、65歳を過ぎても現役で議会をされている人に対して、「体が動かなくなっても議員でいることをどう思っているか?」など投げかけられるという。

今回のテーマは、「共助の社会の育成」で、少子高齢化社会が深刻化する中、日本は「超高齢化社会に突入している」との指摘があった。(高齢社会7%、高齢化社会14%、超高齢化社会21%の割合のことを言うようだ)

少子化現象も進んでいて、子どもの割合全人口の17%にしか満たない現実を言われた。核家族化も深刻53%を占めていて、その他「高齢者の1人暮らし」「若者の1人暮らし」も含める80%を占め家族で生活している家庭20%に満たない現実にあるようだ。

「1家族の子どもの数は何人ぐらいだと思うか?」という質問があり、「2人」「3人」「4人」で挙手をした。(答えは2.5人だった)

社会の大きな要素は、「教育」「医療」「福祉」(介護)だけど、この度「子育て医療」が加わったとのことだった。これに関して、女性の社会進出もっと活発にして、定年退職後男性の育児にも力を入れていく必要があると言われた。

女性若いうちから家庭で働いているので力強いけど、男性定年を超えると家庭に居座る傾向があるので、「共助の気持ち」を持って、「共に家庭を支えていく社会づくりを心がけたい」とのことだった。

「共助」「自助」もあるが、「公助」「おおやけな援助」「自助」「自分自身責任を持ってする」などいずれも「社会生活において直接の援助」となっていないので、「共助」の気持ちを常に持つことが今後の社会形成に必要と言われた。

若者の選挙権の話にも触れられ、「今度18歳に変更になったこと」「若者の政治への関心」なども深めていく必要もあると言われた。議員に立候補する人は、投票権のある人を中心考える傾向にあるので、投票に多く足を運んでいる「高齢者のこと」「優先に考えがち」と言われた。

今後若者の1票大切にする社会望まれるようだ

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もしものためのAED講座!

毎月第4土曜日に開催されている「土曜日サロン」「救命処置の対処法を学ぶ講座」が開かれた。実技を兼ねた講習で、「心肺蘇生とAEDの使用」について勉強していった。1度や2度の講習ではなかなか身に着かないけど、少しでも知っておくと先で役立つと思って説明を聞かせてもらった

実際に現場に立ち会うとなかなか行動に移せないのが現状だけど、「自分でもできることがあれば少しでも心構えが違うかも?」と思った。手順は次のように話された。

人が倒れている時①「反応があるかどうか?」、②「呼吸を見る」(気道を確保する)③「呼吸がない場合」(胸骨圧迫、人工呼吸、心肺蘇生をする、④「AED装着」(電源を入れ、電源パットを装着する)、⑤「心電図の解析」(電気ショックが必要かどうか判断する)⑥「必要と判断した場合」(電気ショックを1回行った後、直ちに胸骨圧迫から心肺蘇生を再開する)⑦「必要としない場合」(胸骨圧迫から心肺蘇生を再開する)などを繰り返し行う。

※今回、2グループに分かれて説明を聞き、交代で実技体験をさせてもらった。

「役割」(患者になる人、救急車を呼ぶ人、人を集める人、AED装着の準備をする人)など割り振りして、役割を交代しながら実技体験をした。

自分は1回目「救急車を呼びに行く人」、2回目「患者」の担当をさせてもらったが、患者が本当に息をしているか見分けるため「大きな声で対応するように・・・」とアドバイスをもらった。

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102歳記念講演会(日野原 重明先生)!(Part3)

<第2部>・・・「アトラクション」(コンサート)

「コンサート1」(フレディーの会)は、43名の会員の人①「よろこびの歌」、②「いのちの歌」、③「青い山脈」、④「花は開く」(テーマソング)、⑤「花は咲く」の5曲を歌われた。珍しい楽器もあったので、途中で紹介をされた

「ウインドチャイム」(風を表現した楽器)、「グロッケン」、「シンバル」(小型)、「タンバリン」(固定)を使われ、イスの代わりに「穴のあいたダンボール」に座って「ドラムみたいな音」を表現されていた。

「コンサート2」(ゲスト出演)は、「沖田 孝司&千春の演奏」で、①「アメージング・グレイス」、②「あなたに逢えてよかった」、③「七つの子」、④「赤とんぼ」、⑤「ここはふるさと」、⑥「涙そうそう」、⑦「愛の挨拶」、⑧「川の流れのように」、⑨「愛の讃歌」9曲を演奏された。

③~⑤は、会場の人も一緒に歌詞カードを歌った。演奏の前には楽器の説明をされ、途中で「語り」も入れられて「間」を置かれた

「バイオリンとビオラの違い」は、「バイオリン」(43cm)に対して「ビオラ」(36cm)と少し大きさに違いがあるという

③の曲の時、「七つ」というと「七羽、七歳のどちら?」と聞かれたので、「七羽」に手を挙げたけど、答えは「七歳」だった

講演を通して感じたことは、「人の出会い」で、今回、司会をされていた人1年前は会場で見られていた人で、「日野原さん」を見て「どうしてこんなに元気なのだろう」と感じたことがきっかけだったという。

その後、「なぜ長生きするのか?」の意味が分からなかったけど、周囲の人達から「長生きすると多くの人に感謝することができるから」ということを学んだようだ。

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102歳記念講演会(日野原 重明先生)!(part2)

新聞記事で紹介された「私の証 あるがまま行く」の話は、「こころの耕運機」⇒「耕」の漢字の説明で、「耕す」=「文化のことである」と言われた。「どうすれば耕すことができるか?」「どうすれば豊かになれるか?」人間の3つの要素(心・体・魂)の3点から考えられた

「何から学ぶのか?」(患者から)⇒「知識・技術・態度・人格」であり、「師・先輩・本・文庫・病む患者との出会い」が変化をもたらしたという。

「フラトンの4つの元徳と行動力」⇒「行動を引き起こす」といい、「行動力はどこからくるのか?」の問いかけには、①「目覚めた時」、②「環境の変化の憩い」を例に出された。

「生き方の目標」については、「ただ生きるのでなく、よく生きること」とアドバイスがあった。「子どもの心に平和の種を巻く」の実践面では、「お互いが話し合う心を持つこと」を伝えられているという

「日本から世界へ、平和の発信を」「自分を耕すこと」「夢を見ること」(次の世代へと引き継ぐことを目標に)

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102歳記念講演会(日野原 重明先生)!(Part1)

「新老人の会」の会長務められている先生で、1911年に山口県で生まれ内科医として活躍されてきた生い立ち(経歴)を話された。今回は、「未来のために、自分をどのように耕すか?」を演題スピーチされる予定となっていた。 

講演の最初に、「新老人の会の活動」について話をされ、「新老人運動」として日本の急速な後期高齢化から、「子どもたちに平和と愛を伝えること」を目標とされているようだ。 

<大きな項目>・・・①「自立」、②「世界平和」、③「自分を研究に」、④「会員の交流」、⑤「自然に感謝」の5項目! 

全国には44もの新老人の会が設置されていて、先生は、世界各国を訪れるなど「多忙な日々」を送られているとのことだった。広島の地第2の故郷でもあり、「青春時代に訪れた広島女学院なくして今はない」と言われた。 

当時「私の前でピアノを弾いてください」と言われ、演奏すると、「素晴らしいから演奏家になったらいい」と言われたこともあったようだ。しかし、当時医学部の道を歩んでいたので「ピアノ演奏」は断ったという。 

「自己を耕すこと」についての話では、101歳「ソフトボール」(シートノック)、「ゴルフ」(ハーフを71でホールアウト)、「祝賀の演奏会」((オーケストラ演奏で指揮者)、「ゴールキーパー」(なでしこジャパンサイン入りの服を着て)などの活躍をしたようだ。 

※「エンターテイメントになってもいい」と言われたくらいだという。

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ホスピス・緩和ケアフォーラム!(Part2)

「スマイルLIVETOMO・・・笑って泣いて日々笑進」のステージ

①「祈り」(オリジナル曲)、②「愛燦燦」(カバ)、③「ふるさと」(カバー)、④「ありがとうの唄」(オリジナル曲)の4曲で、③は会場の観客も一緒に歌った。(ロビーでは、500円のCD販売もされていた)

<後半>・・・「特別講演」「精神科科長」が座長を務められ、「がんを抱えた時の心の準備」をテーマに話をされた。

1904年~2010年に至る「精神科の由来」について語られ、戦後の死亡率は「がん」「心臓病」が増加傾向にあり、抗生物質ができたことで「肺炎」は減少しつつあると言われた。

「インフォームド・コンセント」(説明と同意)について、気持ちを組み入れて欲しいこと「知」-「情」-「意」の関係では「情」が欠けていると言われた

「がん」とは、「自分でコントロールできない」「再発の恐怖」を抱えていて、「告知後の心の準備」、「自分らしく生きること」が必要不可欠になるとのことだった。

治療が望めないと分かると、「絶望感」「無力感」「罪悪感」などがよぎるので、「心の痛みのケア」「介護の負担」「経済面での負担」を考えざるを得なくなるという。

<先輩の患者さんから学んだこと>

①「小さな具体的な目標を持ち、心を落ち着かせること」、②「相談窓口を利用すること」、③「正しい情報を整理すること」、④「担当医に胸の内を打ち明けること」、⑤「体を動かす」(運動する)、⑥「気分転換をする」などの心のゆとりが生活の変化をもたらす

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ホスピス・緩和ケアフォーラム!(Part1)

「ホスピス」・・・「その人がその人らしく生きられることを目的として援助する活動のこと」

様々な活動をされているようだけど、中でも「痛みのケア」「心のケア」が大切に感じた。現在の医療情勢は、医療者が治療するのではなく「患者が癒されること」を重視して実践されているという。

<前半のシンポジウム>・・・5名の発表者(シンポジスト)が様々な立場から体験談を話された。

<1人目、緩和ケア科科長>・・・①「がんについて」、②「緩和ケア」、③「精神面のケア」の3点に分けて話された。

「薬のケア」、「症状の緩和」の他、「心の痛みを癒すこと」(精神面のケア)、「経済面のケア」も必要と言われた。

<2人目、緩和ケア認定看護師>・・・「患者のカウンセリング」をテーマに話された。

一緒に治療・方針を考え、告知後の患者の心理的配慮面「不安定な生活」(今後どのように生活していくか?)など大切に考えているという。患者は現実と野望のギャップが大きすぎるようで、「治すために病院に来た」(死ぬために来たのではない)と言うようだ

<3人目、内科呼吸器科クリニック院長>・・・「在宅医療の緩和ケア」(訪問診療)について話された。

悪性疾患の多くは「肺がん」、良性疾患は「老衰」とのことだ。訪問診療の人たちへの食事療法などビデオ上映で見させてもらい、誤嚥性肺炎についても詳しい話があった。

<4人目、ボランティアkure>・・・体験談を話された。

<5人目、ボランティア>・・・「地域で取り組む緩和ケア」をテーマに話された。

ボランティア活動を通しての思いや同級生との出会いについて語られ、「七夕会」では「酒のおもてなし」なども経験され、患者への手の差し伸べ方は様々だったことをアピールされた。

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呉市社会福祉大会!(Part3)

「曙」(ナスに爪楊枝を刺した感じの力士)の対戦話では、取り組みまでの過程を詳しく話をされ、色々と作戦を練って臨んだ勝利について語ってくれた

練習では力を見せず、負けてばかりで相手に隙を見せて臨んだという。両手で突進してくる手が邪魔だったので、「突いてくる瞬間に頭を引く作戦」を考えて臨んだようだ

相撲というのは「時間調整」もあり、「6時ちょうどに終わらないといけない」ということで、「仕切り時間の調整」(塩を巻く回数)、「物言いの時間調整」などで補っているという

対戦当日になり、曙が突進してきたので、「早く頭を引いたらいけない」と思って「今だ!」という瞬間を考えて引いて「下手を取った」という。しかしは、上手を取ってきて「吊り」にかかってきたという。

引っかけて吊ってきたので、今度は「足を引っ掛ける技」(内掛け、外掛け)を狙ったという。それでもなかなか倒れてくれなくて下手を持っていない方の手「足を持って転がそう」と考えたという。

「それでも倒れない」・・・両手がふさがっているので「最後の手段」「頭で突いていった」ところ、やっと土俵を割って勝利をもぎ取ることができたという

なかなか迫力ある話に、会場の人熱心に聞き入っていた

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呉市社会福祉大会!(Part2)

ジョークで、「今ではグルコサミンを飲むようにしている」CMの話題をされ、「何度も笑顔で撮り直しをさせられた撮影の苦労話」をされた。オリンピック競技として「相撲は絶対に取り上げられないだろう」と、「ドーピング検査に力士が引っかかる現状」を話された。

「相撲界の変化」については、全世界から多くの力士が集まるようになってきて、「外国人力士の強さ」は、生活がかかっているので必死になる思いからきていると言われた。(モンゴル、グルジア、エストニア、ブラジルetc)同時に、日本人力士の弱さも指摘され、「ちょっとしたことですぐに辞めてしまう」根性のなさを言われた

その他、相撲界では「懸賞を付ける力士が増えてきている」と言われ、1本6万円で宣伝効果も含まれている実態に触れられた。懸賞金をもらう若い力士が近寄ってきて「飲み代・食事代・付き合い費etc」でなくなってしまうとのことだ。(若い力士は遠慮がなく、よく食べ・よく飲むという)

入院当時身長検査に引っかかったようで、173cm以上必要とされたので、頭部にシリコンを埋め込んでごまかしたという。(検査時に見つかってしまって激怒されたようだ)シリコンを埋めた後何とも言えない状況を、身振り手振り動作をつけて面白おかしく話をされたのが印象的だった

相撲を取っていく中で、「強さだけでなく、謙虚さも必要とされること」学ばされたという当時の自分特にアドバイスはされず「自分の好きなように相撲をとっていい」と言われたけど、ハワイ勢力士が怖かったようだ

「曙」(ナスに爪楊枝を刺した感じの力士)の対戦話では、取り組みまでの過程を詳しく話をされ、色々と作戦を練って臨んだ勝利について語ってくれた

練習では力を見せず、負けてばかりで相手に隙を見せて臨んだという。両手で突進してくる手が邪魔だったので、「突いてくる瞬間に頭を引く作戦」を考えて臨んだようだ

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呉市社会福祉大会!(Part1)

開会宣言の後、「国歌斉唱」「社会福祉関係者『物故者』への黙祷があった。その後、呉視聴挨拶があり、「表彰式」「祝辞・来賓紹介・祝電披露」があった。開会式の最後には、「呉市歌」をその場で起立して歌った 

今年の記念講演は、演題「可能性への挑戦」とあって、「舞の海 秀平さん」が来日されて話をされた。「相撲人生を通して学んだこと」重点に置かれて話をされ、引退した理由として「十両と幕下の勝負で負けたこと」(幕下に落ちると給料がなくなり、独身の人はいいけど、家庭を持っている人は子どもを養えなくなるから・・・)と伝えられた。 

引退時の記者会見では、「体力に気力に限界があったこと」は伝えなかったが、自分としては「親方になる夢を持っていた」という。しかし、現在相撲を取る若者が減少している中で「親方が多かった」(親方は定年が65歳で、定年を迎える親方がいない状況だった)ことで、親方になれなかったという 

親方に残れないと「相撲協会に残れない」という厳しい実情もあったという。(親方になるにはある程度のお金も必要で、計画性のない生活を送っていたので「お金の余裕がなかった」という)お金が必要な理由は、親方になれば「65歳の定年まで安定した生活を送ることもできる」という。 

その後、相撲の解説依頼がきたけど、横綱の考えがすべて正しい世界だったので、中途半端な発言ができずTV中継の時に「コメント」を振られると、横綱へ話を振っていたのでよく怒られていたという 

その後、TV中継の雑談で、「TVの報道は当てにならない事例」をいくつか出されて、「TV中継で本音を言うと辞めさせられる」ので、「60%正しいと思えばいい」と教えてくれたTV中継では、「視聴者に興味を持たせるように話ことが大切!」と言われた。その後も様々な問題が起きていて、「携帯メール疑惑」「大学受験のカンニング問題」なども挙げられた。

相撲を取っていた当時相手(仲間)の生活知っていただけに、全力でぶつかっていくけど負けるケースが多かったという。仕切り中目で訴えてくるのが分かり困惑することもあったようだ。

しかし、「勝負」と切り替えて、「相手がどんな状況でも必死に相撲を取る姿勢」を心がけてきたため「熱戦」になることが多かったという。

「対小錦戦の話」では、「体当りしてくる恐怖感」を強調して話をされた

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